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東京高等裁判所 昭和34年(ナ)11号 判決 1960年9月16日

原告 水上益雄 外二名

被告 東京都選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

第一、(請求の趣旨並びに之に対する答弁)

原告等訴訟代理人は「昭和三十四年四月二十三日施行の東京都議会議員杉並区選挙区選挙を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、(当事者双方の事実上の主張)

原告が本訴請求原因として主張した事実並びにこれに対する被告の答弁の要旨はそれぞれ別紙「請求の原因」並びに「請求の原因に対する答弁」と題する書面記載のとおりであるが、なおこれら主張に関し双方代理人は次のとおり補充釈明した。

一、原告の釈明補充

(イ)  (「立候補届出等に関する注意事項」について)本件選挙の議員候補者届の受付方法に関する説明会における指示は、さきに被告管理委員会が本件選挙に際し定めた「東京都議会議員選挙(杉並区選挙区)立候補届出等に関する注意事項」(甲第一号証参照)に記載されているところに拠つたものであつて、右は被告管理委員会が本件選挙における立候補届出等に関する処理取扱の方法を定めた法規であつて公職選挙法第二〇五条のいう「選挙の規定」に該当する。即ち本件選挙の候補者届出受付の方法は右に違反し著しく選挙の自由と公正を害するものである。尤も立候補の届出を受けるのは選挙長であるけれども、選挙長がこの届出を受けることも被告の管理に服するものであつて、被告はこの管理権にもとずいて立候補の届出を受けるについて準則を定め得べきことも論を俟たない。

また本件選挙長事務従事者が指定時刻までに被告主張のような立候補届出代理者の到着確認の調査をしたとの事実はこれを否認する。

(ロ)  本件選挙において立候補届出受付順位第一番の候補者と三上並びに大門両候補の受付時刻の差は三、四十分ないし一時間程度のものであつたとしても、この受付より発足する一連の各種手続、更にこれに直結して行われる選挙運動の始発行為を累積して考うれば、たとい十五日間の選挙運動期間に比較しても、その影響は選挙の結果に異動を及ぼすことは極めて明らかであるのみならず、本件の如く下位当選者と次点及び次々点の大門及び三上両候補の得票が著しく近接している結果からみてもこの関係は愈明白であるといわねばならない。

二、右に対する被告の主張

(イ)  (「立候補届出等に関する注意事項」に関する原告の主張について)

被告が本件選挙に当り各選挙長宛「東京都議会議員選挙立候補届出等に関する注意事項」と題するパンフレツトを配付したこと、及びその内容の一部に原告主張のような記載のあることは認めるが、右書面は被告が選挙長の事務執行の参考までに配付したに過ぎない。即ち公職選挙法(以下単に法という)第七五条に基ずき被告には本件選挙につき選挙長の任命権はあるが、法第八十六条により届出受付は選挙長の固有権限として規定され、その方法につき被告の容喙は許されない性質のものだからである。仮りに一歩を譲り右注意事項が選挙長を拘束するとしてもいわゆる選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に該当しないのみならず、本件のような手違を生じたのは三上並びに大門両候補者等の立候補届出の使者等が選挙長の到着確認調査に対し協力しなかつたことに起因し選挙の管理執行機関において選挙の自由公正を害するような何等の行為もなかつたものである。

(ロ)  仮りに選挙長の届出受付の拙劣さのため大門、三上両候補者がその受付順位につき不当に劣後的立場に置かれたとしても、立候補届出受付順位第一番の候補者と三上、並びに大門候補者の受付時刻の差は僅か三、四十分程度に過ぎず、従つて候補者届出後の一連の各種手続も凡そこの時間差により行われたことは明らかで、十五日間の長期に亘る選挙運動期間からみれば、これを以て選挙の結果に異動を及ぼすおそれれあるものということはできない。

(証拠省略)

理由

昭和三十四年四月二十三日執行せられた東京都議会議員選挙に際し原告等がその杉並区選挙区の選挙人であつたこと、原告等が右選挙区の選挙(以下本件選挙と略称する)の効力に関し同年五月六日被告東京都選挙管理委員会に異議の申立をしたが同年八月三十一日右異議申立を棄却する旨の決定があり、該決定正本が同年九月一日原告等に交付せられたことは当事者間に争なく、原告等がその後一ケ月以内である昭和三十四年九月二十八日本訴提起に及んだことは記録に徴し明らかである。

よつて本件選挙の管理執行に関し原告主張のような違法の点があつたかどうかの点につき審按する。

第一、本件選挙の議員候補者届の受付方法は著しく不公正で選挙の自由公正を害するものであつたかどうかの点につき、

(一)  表紙中(杉並区選挙区)の記載及びその内容のうち三の(一)の1中「東京都杉並区選挙管理委員会」の記入部分を除き全部成立に争のない甲第一号証、当審証人押見富治の証言を総合すると次の事実を認めることがきる。即ち昭和三十四年四月五日杉並区公民館において本件選挙に関し選挙長事務従事者と各立候補予定者(その代理者を含む)等が参集して立候補に関する説明会を開催し、主として事務従事者押見富治がその説明に当り、且つ会同の各立候補予定者等に対し「東京都議会議員(杉並区選挙区)立候補届出等に関する注意事項」と題する被告委員会作成名義のパンフレツトを配付し、これにもとずいて説明したこと、元来本件選挙において立候補届出に関するかかる注意事項は当該選挙区の選挙長の所管(公職選挙法第八十六条)に属し被告管理委員会の管理権限外であるというのが行政実例並びに被告管理委員会の見解であつたところ、本件都議会議員選挙における東京都二―三区の各選挙長並びに選挙事務従事者打合せ会同で立候補受付の公正を期する関係上必然的にその受付については殆んど同一方式が採用されているのが現況であるから、この際被告において各選挙長が実施する受付方法等に関する注意事項を一括作成の上各選挙長の要望部数だけ配付されたい旨の各選挙長の要望によりその参考までに前示注意事項と題するパンフレツトを作成し各選挙長の要望部数をそれぞれ配付したものであるが、杉並区選挙区においても選挙長は右受付方法を採用してこれに則ることとし、前示配付を受けたパンフレツト表紙に〔杉並区〕またはその内容中前示「杉並区選挙管理委員会」の各ゴム印を押捺記入し、これにもとずき前示説明会の席上指示説明したものであること、その内容中届出受理の順位を定める抽せんの方法に関しては右注意事項にある如く(1)立候補届出の受付は四月(昭和三十五年)八日午前八時三十分から開始するが、当日定刻(八時三十分)前に受付場所に出頭した者二人以上ある場合にはくじにより届出受付順位を定める。その要領は定刻の直前にする合図と同時に一候補者について一人だけくじを引くために受付室に入室せしめ定刻八時三十分に一旦受付室の扉を閉鎖してくじを行う。(2)扉閉鎖と同時にまずくじを引く順序を定めるくじを行い、その次に立候補届出受付順位を定めるくじを引き、続いてこのくじの結果の順序に従つて受付を始める。というのがその骨子であつた。なお右説明会の席上前記押見は当日係員は腕章をつけているから、出頭したらその指示を受けるよう注意しておいた。

(二)  次に成立に争のない乙第八、第九号証、証人押見富治、同海野重二郎の各証言を総合すると、前示立候補者届出受付当日である四月八日午前八時三十分の定刻に先だつ午前八時二十二、三分頃選挙長事務従事者である前記押見富治同海野重二郎は指定場所に臨み参集した立候補届出の代理者等に対し午前八時二十五分になれば抽せん場に入室させる旨を指示した上、右八時二十五分を過ぎた頃参集した者のうち一候補者につき一人宛計十三名を誘導入室せしめ、届出用紙交付名簿によつて点検したところ、大門、三上、野間の三立候補予定者関係の者が右入室者のうちになかつたことを発見したので、同じく係員内山録三郎をしてその名を呼上げさせたが、応答なく、その後も八時三十分までは抽せん受付室のドアーを閉鎖することなく前記海野等において再度呼上による調査の措置を執つたが、遂にその出頭を確認することができなかつたので定刻の八時三十分のベルの吹鳴後直ちに抽せんの順位を決定するくじと続いて受付の順位を決定する抽せんが実施せられたこと、右くじが終る頃右海野より三上、大門両候補の届出人から八時三十分までに指定場所に到着しているにかかわらず抽せん会場に入れなかつたとの文句が出ているとの注進があつたけれども、既に定刻を過ぎ抽せんも終つた後であつたのでこれを拒否し、三上候補の届出代理者松本修に対し受付順位第十四番の札を、また大門候補の代理者上田正宏に対し同第十五番の札をそれぞれ手交し右順位に従つて立候補届出を受理した経緯を認めることができる。尤も証人上田正宏、同佐竹敏孝(第一、二回)、同小池秀子の各証言によると前示立候補届出受付日である四月八日には定刻の午前八時三十分前である午前八時二十五、六分頃までには前記両候補の届出代理者等において指定場所に出頭して抽せん受付を待つていたが、定刻の八時三十分まで係員から何等の指示なく不当に入室を拒否され、以て前示届出順位決定の抽せんに参加する機会を奪われたと供述している。これら供述と前示認定事実とを対照して考うるに前記両候補の届出代理者等は当日午前八時三十分より数分前、前示係員の抽せん室えの入室誘導した時より後れて指定場所に到着したものと推認できる。そして前記説明会における指示によれば定刻の直前にする合図と同時に一候補者について一人だけくじを引くために受付室に入室せしめるというのであるから、(入室誘導の時刻については「定刻の直前」とあるのみで特にその時刻を限定していないのであるが)午前八時二十五分過に入室誘導を開始したことは整理のためとはいえ早きに過ぎたる憾はないではないけれども、これとて同時刻を以て抽せんのための入室を打切つたというのであれば格別、定刻の八時三十分まで抽せん室を閉鎖することなく未出頭者確認のための措置を講じたが、その応答がなかつたため(この点に関し前記上田、佐竹、小池の各証言中係員において何等確認の指置を採らなかつたという部分は採用し難い)定刻に至つて前示抽せんを開始したものである以上(応答がなかつたのは前示調査確認の措置が不徹底であつたといわんよりはむしろ、前記大門、三上両候補者の届出代理者においてさきに抽せん室に入室した代理人以外の候補者関係者が多数参集していたのをこれらの者も抽せんに参加するため参集しているものと誤解し不注意によりこれを看過し定刻を過ぎるまで何等の申出をしなかつたものと推測される)これを以て立候補届の受付方法が著しく不公正で選挙の自由公正を害するものということはできない。従つてこれを前提とする原告の主張は理由がない。

第二、本件選挙は東京都議会議員の投票と同都知事の投票とが著しくまぎらわしくなされる状況の下において行われたものでこの選挙は選挙の自由、公正を害し無効であるとの主張について、

本件選挙(昭和三十四年四月二十三日施行せられた東京都議会議員杉並区選挙区選挙、以下同じ)及びこれと同時に行われた同選挙区における都知事選挙に際し一般有権者に交付せられた投票所入場券は共通の一用紙で両選挙に共通の如く作成されており、右入場券には右両選挙の投票用紙引換券なることが明示されていたこと、そしてまづ第一回の都議会議員の選挙のためこの入場券(引換券)によつて投票用紙を交付したが、これとその引換券とを引換えず、或は引換券上に印刷された「都議会議員選挙」の文字を抹消するなどの方法もとらずに右共通の引換券をそのまま選挙人に所持せしめておき、引続いて行われた都知事選挙に当り、はじめて都知事選挙の投票用紙と引換うる方法によつて実施せられたことは当事者間に争がない。

原告の主張は要するに都議会議員と同知事の選挙入場券が共通の一用紙でなされ、その用紙には投票用紙引換券なる旨表示されているに拘らず、実際には都議会議員の投票に際しては該議員の投票用紙のみを交付して右入場券との引換をなさず、引続いて行われた都知事の投票に際して右入場券と引換に都知事の投票用紙の交付が行われたことを以て同時に行われた両選挙につき選挙人に混迷錯誤を生ぜしめる重大な原因となり、事実本件選挙において候補者を誤つた無効投票の率が著しく高率であつたことによつても明らかであるとして、右は自由公正を旨とすべき選挙の精神に違反し、右違反は選挙の結果に異動を及ぼすおそれある場合に該当するというにある。

しかし元来投票所入場券なるものはこれを事前に配付することによつて選挙人に選挙の日時と場所を周知せしめ、併せて投票当日投票所において選挙人を確認する一手段とすることを目的として作成されるに過ぎないものである。このことは公職選挙法施行令第三十一条による投票所入場券の発行交付があつた場合でも、投票に際しては選挙人が選挙人名簿に登録されている者であることを選挙人名簿またはその抄本と対照して確認した後にこれに投票用紙を交付しなければならない。とされている(公職選挙法第四十四条、同法施行令第三十五条第一項参照)外同法及び同令を通じ入場券と引換に投票用紙を交付しなければならない趣旨の明文の規定が存しないことからも推知できる。

尤も本件においては前示両選挙共通の投票所入場券に両選挙投票用紙引換券なることが表示されていたのであるから、その文言どおりに都議会議員選挙投票用紙の交付に当り引換券上に印刷された「都議会議員」の文字を抹消するか、または当初から各切取線を付して連絡作成しておき各投票の都度それぞれ当該引換券と交換的投票用紙を交付する等の方法によることは万全の措置であつたといえるであろう。しかしながら成立に争のない乙第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一ないし三、証人押見富治の証言を総合すれば、他方被告管理委員会は昭和三十四年四月八日の都議会議員選挙の投票用紙は薄青色、都知事のそれはクリーム色と定め、投票の順位は都議会議員の投票を先順位とする旨告示すると共に選挙運動中のあらゆる機会を通じこれが啓蒙宣伝を行い、特に選挙当日には各新聞朝刊その他の報道機関によつて右趣旨の周知徹底を図つたこと、また本件選挙区の各投票所においても投票用紙交付所には「都議会議員選挙投票用紙交付所」なる掲示を以て、その交付用紙の種別を明らかにし、また投票用紙表面には当該選挙投票用紙なることが明示され、更に投票箱中央部にも右選挙の投票箱なる旨が大書して記載されていた事実を認めることができる。そして以上のような情況の下においては同時に行われた両選挙の投票に際し選挙人をして両者を識別して誤りなく投票せしめるよう注意を喚起するに十分な措置がとられたことを看取することができるから、たとい本件選挙(都議)の投票用紙交付に当り叙上のような方法によつた一事によりこれを以て選挙の管理執行の手続に違背するとか、選挙の自由公正を害するものということはできない。若しこれがため投票用紙を誤認して投票したものがありとすればそれは当該選挙人自身の不注意によるものという外はない。証人松下栄、同佐竹敏孝(第一回)の各証言によると本件選挙投票当日係員が投票用紙を選挙人に交付するに当り都議会議員のそれと都知事のそれとを間違えて告知したとか、前者の投票用紙が引換券と引換に交付せられなかつたため両者を誤認して投票したとか、かような事例は他からも聞知したというように供述しているが、これら供述を以てするも到底叙上の判断を左右するに足らない。尤も成立に争のない乙第十一号証及び第一号証によれば、本件選挙において都議会議員の投票用紙に候補者でない者(都知事を含めて)の氏名を記載したものが八千三百三十余票あるも(この点は当事者間に争がない)その無効投票総数に対する右事由による無効投票数の割合は東京都全体の右割合の平均を下廻るものであり、また本件選挙における無効投票と有効投票の比率も他の選挙区における右両者の比率と同程度またはそれを下廻るものであつて、原告の指摘するような投票所入場券の不備により杉並区選挙区において特に候補者の記載を誤つた無効投票が著大であつたというような特異な現象を認め得ない。(証人押見富治の証言によれば例えば中野区選挙区の如き本選挙区と同様な形式の投票所入場券を作成使用した例もあるというのであるから、この点を考慮に入れる必要もあるが、全体としては一応叙上の推論は成立たないでもない。)結局この種無効投票の発生は自署主義にもとずく同時選挙制度の下にあつては或程度避け得られない現象というべく、原告主張のようにこれが主たる原因を前叙投票所入場券の不備に帰せしめ、ひいては選挙の結果に異動を及ぼすおそれあるものとするのは理由のないことである。

よつて原告等の本訴請求を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき公職選挙法第二百十九条、民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川昌勝 坂本謁夫 中村匡三)

(別紙)

請求の原因

一、原告は東京都議会議員杉並区選挙区の選挙人である。

二、昭和三四年四月二三日執行された東京都議会議員杉並区選挙区選挙(以下本件選挙という。)は、次の理由に基き無効である。

第一、本件選挙の議員候補者届の受付方法は著しく不公正で選挙の自由公正を害するものであつたから無効である。

(1) 本件選挙長は、昭和三四年四月五日杉並区公民館における本件選挙についての説明会において、同議員候補予定者に対し、本件選挙選挙長事務従事者(以下従事者という。)押見をして、本件選挙における昭和三四年四月八日の都議会議員候補者届出受付開始日(以下指定期日という。)における届出受付順位は、当日午前八時三〇分までに、杉並区役所内、中庭に通ずる通路の側にある同区役所一階庁舎入口前(以下指定場所という。)に到着した候補届出者は届出受付順位決定の抽せんをなす資格者と定める。

従つて同日はたとへ午前五時に来て待つていても同八時二九分に来ても同じであり、当日午前八時三〇分にベルを鳴らし右抽せんをなす資格者を締切り、次でこの資格者となつた者につき抽せんを以てその順位を決定する。右時刻におくれて指定場所に到着した届出者は、その到着の順序によつて届出順位を決する。

と説明せしめた。

(2) 本件選挙候補者三上英子の候補者届出代理人佐竹敏孝、同松本修及び同候補者大門美雄の候補届出代理人上田正宏、須田進吾(以下これ等四名を代理人という。)は、いずれも指定期日の午前八時二五分に前記指定場所に到着し、(その時指定場所に集つて居た人達は約二十名位であつた)前記受付順位決定の抽せん資格者締切時刻たる同日午前八時三〇分の来るのを待つていた。

すると、間もなく、指定場所に、区役所一階庁舎出入口から本件選挙の従事者が現われ、ドアの鍵を手に持つたまゝ、その場に無言のまゝ立つていたが、すぐ、右出入口から庁舎内に入り、ドアを締めて内部からこれに施錠した。それから、約一分位して、右出入口から右従事者が他の一名の従事者と共に、指定場所に現われ、しばし無言で、その場に立つていたが、また該出入口から庁舎内に入り、ドアを締め、内部から、これに施錠した。

これ等のことは代理人等四名が、指定場所に到着してから僅々三、四分の間に起つた。

代理人等四名は、なおも指定場所にて選挙長からなさるべき抽せん資格者に対する何分の指示を待つていた。右代理人等は指定場所に到着後指定場所を離れたことはない。而して同日午前八時三〇分右所定のベルが鳴らされた。

選挙長は、このベルが鳴る前も、鳴つてからも指定場所に集合していた本件代理人を含む集合者に対して何等の指示を為すところがなかつた。

同日午前八時三五分頃に至つて、最初に前記の指定場所に現われた従事者が、またまた前記出入口から指定場所に現われ、指定場所に待機していた三上候補者の代理人松本修に対し都議会議員候補者届出受付順位第十四番の札を、また、大門候補者の代理人上田正宏に対し同第十五番の札をそれぞれ手交し、その番号順に庁舎内に入り届出手続をなすよう指示した。

且、その際右従事者は右代理人等に対し届出受付順位を決定する抽せんは参加候補者一三名によつて既に終了した旨を告げた。

両候補者の右届出代理人は前記四月五日の選挙長の説明会における指示を遵守しその指定のとおりに指定場所に臨み届出受付順位決定の抽せん資格を取得していたにも拘らず選挙長の実施した届出受付順位の決定は、明かに右指示に反し、受付順位を不当不公正に決定し両候補者の抽せんの機会を剥奪した違法のものである。しかも、その時刻にはかくの如くして違法に決定された順序により抽せんをなした届出者は届出を開始していた。

よつて右代理人等は選挙長、押見従事者並に前記従事者両名に直ちに面会し、事の真相並にその責任を追及したところ、選挙長は、右代理人等に対し、その場において、

(一) 抽せんは、前記説明会における押見従事者の説明に反し定刻八時三〇分にベルを鳴らしたときは、既に受付順位決定の抽せんを実施中であつた。

(二) 右抽せんに参加し得た者は、同日午前八時二五分頃までに抽せん室に入室した届出者代理人のみであつた。

(三) 指定場所におつた代理人等四名に対しては八時二十五分頃より八時三十分迄に何等の指示も注意もなかつた。

(四) 従つて右取扱は説明会における指定時刻等の指示とちがうため、右代理人等は指示どおり指定の時刻までに指定場所に参集したにも拘らず却つて抽せんの資格を喪失せしめられる結果となつた。

(五) これ等はすべて選挙長の過失である。

ことを認めた。

即ち、右選挙長は、前記説明会における指示に違反し、指定時刻到来前に、前記ドアの内側にいた他の十三名の候補者の届出代理人のみを同庁舎二階の届出場に誘導収容しその場において擅に抽せんを施行して届出順位を定めて、それ等の者に、その順位による届出をなさしめたのである。そこで右四名の代理人等は選挙長の右違法な措置につきいかなる責任をとるかにつき文書を以て回答するよう決議文と題する責任追及の文書を即座に二階届出室で作成し、これを選挙長に交付するため届出室内に居つた選挙長の面前において押見従事者に手交した。

(3) 以上の事実は公正を精神とする選挙手続の執行につき重大な違反といわなければならない。蓋し、右選挙長の前記行為は故意又は少くとも重大な過失により選挙の公正を害したものであり、選挙長の説明会における指示を遵守し適正にこの指示に従つた者が不当にも抽せん資格を剥奪されたものであつて、この結果、右両候補者はこの選挙に関する諸手続がまづ、不当に劣後におかれ、選挙運動中最も重要なる価値と効果を有する初期の運動に甚大にして回復し得ない精神的、有形的不利益を受け、届出後、直ちに行う諸手続行為、即ち自動車用腕章、街頭演説従事者腕章、同標旗の受領、ポスターの検印を受けること、個人演説会場の申込等はすべて第十四、五位となりて著しく遅延し、選挙運動は、ために総体的に著大な制肘を受け、個人演説会開催のための小学校公営物使用許可を得るにも、先順位者に優先せられ、三上、大門両候補者が予定の計画どおりの日時に予定計画どおりに、これ等公営物の使用許可を得ることを妨げられ、その選挙運動に多大なる支障を生ぜしめられた。これは一に、選挙長が東京都全体に通じて施行する立候補届出手続として当局をはじめ都民有権者総べての者に周知遵守を求めるための規定並に前記説明会における指示を不当に実施せず、これと異る取扱を敢てしたことに基くものである。然しながら、もとより両候補者において右不利益を甘受すべき理由はない。

候補届出の順位がいかに選挙運動により重大であり、選挙の結果に影響を及ぼすことの強大なものであるかは、中央及地方すべての選挙を通じ、全候補者の深く留意し関心をおくことであつて何人もこれを否定することはできないところである。

試みに本件選挙の結果、当選した豊田精三の得票一一、四四六票と大門美雄の得票一一、一八七票の差は僅かに二五四票であり、三上英子の得票一〇、五八〇票との差は八六票に過ぎない。しかして大門候補者は次点、三上候補者は次次点者となつたのである。

選挙長の叙上選挙の指示に違反する不当行為が存しなかつたならば、これによる三上、大門両候補は、その選挙運動特に最も重大なる選挙運動開始当初における行動に不当なる制肘を受けることなく選挙運動を正常に為し得たそして両候補者の得票は相当数増加したるべきことは明かである。

即ち、右違反は本件選挙の結果に異動を及ぼすべき明確な虞あるものであるといわなければならない。

凡そ選挙の規定違反は、その明文に対すると、選挙の自由、公正に関する精神に対するとを問わず厳に許されないもので、叙上の如く選挙運動中最も重点をおかれる部分についての違反―当初の抽せん資格の取得に関するもの―は著しく当該候補者の選挙運動の自由と公正を害するものである。

(4) 仍て本件選挙は無効である。

第二、本選挙は、東京都議会議員の投票と同都知事の投票とが著しくまぎらわしく為される状況において行われたものでこの選挙は選挙の自由、公正に違反し無効である。

(1) 本選挙における投票総数は一一七、六〇〇余票であつて、うち一一、八八〇余票は無効投票であり、これは総投票数の実に六・七五パーセント強に当り、且、前回のそれに比し数千票を上廻つた。

しかも該無効投票のうち八、五〇〇票前後は同時に行われた都知事の候補者名を記載されたるため無効とせられたものである。

これ等は、或は、選挙人が投票に当り犯した過失もないとはいえないが、これを仔細に検討すれば、その過誤のみにより、かくの如き種類の無効投票を生ぜしめたとは謂い難く、他に重大な事由がある。

よつて次にこれを解明する。

(2) 本選挙に当つては、選挙長は昭和三四年四月三〇日に施行せられた杉並区議会議員選挙の入場券と同年同月二十三日施行せられた東京都議会議員選挙及び東京都知事選挙の三者に共通する入場券とを一枚の用紙を以て作成して予め選挙人に配付した。(区議会議員選挙の分と都議会議員及都知事の両者の分との間にはミシンを入れて切取り可能としてあつたので、ここでは区議会議員選挙入場券の点は触れない。)右都議会議員と、都知事の選挙入場券は共通の一用紙で両選挙に共通の如く作成されており、しかも、この入場券は、右各二選挙の投票用紙引換券なることが明示されたところの縦一二・センチメートル、横六・三センチメートルの紙片に印刷され、都議会議員と、都知事の文字は縦一・八センチメートル、横〇・七センチメートルの中に四号普通活字を以て印刷されていたため選挙人のうち相当多数の者が之を読解し難かつたのである。

(3) この投票用紙引換券は叙上の如く都議会議員の選挙と都知事の選挙の双方、つまり同一の機会において二度併せて使用された。

詳説すれば、まづ、都議会議員の選挙のため、この引換券によつて投票用紙を交付した。そして、その際敢て引換券とされておるに拘らず、これと引換券紙とを引換えずして投票用紙のみを選挙人に交付し、又、引換券上に印刷されたる都議会議員選挙の文字を抹消するの方法をもとらず、都議会議員選挙の投票用紙引換券を、そのまゝ選挙人に所持せしめておき、二回目なる都知事選挙に当り、はじめて都知事選挙の投票用紙と引換を為した。

このため、かかる方法、しかして、極めて特異なるかかる方法に習熟していなかつた選挙人は、殊に場慣れていないため両種の選挙が同一時期、同一場所において、しかも一枚の引換券にて二度に亘り投票用紙を交付せられる煩瑣な手続の為め極度に混迷せられたことは蓋し覆うことのできない事実として現出せしめられ、前記の如く両選挙を取違えて投票をなす者が多数に存在するに至つたのである。

(4) 抑々、この券は、投票用紙引換券と記載されているのであるから、社会通常の解釈に従えば、都議会議員と都知事の選挙の両投票用紙と引換に即ち選挙従事者が引換券を受領し他面両投票用紙を選挙人に交付すべきことは、まことに当然の事理に属するに拘らず本件選挙の従事者は投票用紙引換券なる表示に反して、まづ行われた都議会議員選挙の際は引換を為さずしてその投票用紙のみを交付して選挙人に都議会議員選挙投票用紙引換券と都議会議員選挙投票用紙の双方を所持せしめておき、次で二回目の都知事選挙のための投票用紙交付に当つて右両選挙用の引換券を収受してこゝにはじめて都議会議員選挙と都知事選挙の双方にかかる投票用紙引換券の引換を了したものである。

而して若し、初め都議会議員選挙に当り、右引換券を従事者が一覧して選挙人名簿との照合をしたる上投票用紙を交付したとなし、これを以て、都議会議員の投票用紙とその投票用紙引換券とを引換えたことに当ると主張するものがあれば、その主張は索強附会の説である。

選挙の手続は公明、公正に行われなければならないことは民主主義の原則であり公職選挙法またこれを堅持している。選挙の実際において引換券とせられているものが、この表示に反して引換えられず、また、現実に引換えることのできないものであるならば、かかる手続は断じて公正と謂うことはできない。本選挙において用いられた引換券と都議会議員選挙の投票用紙の引換とは引換券と記載し、従つて引換をなすべきものでありながら第二次の都知事選挙に於て投票用紙と引換える為め現実には引換えることが絶対不可能の下に実施せられた。この不可能は選挙人にとつても、亦、従事者、投票場事務員にとつても同価値の不可能である。

かかる疑はしく且、まぎらわしい投票―選挙を為さしめることは憲法の規定及びその精神からも民主政治の理念からも極めて許し難い不当、不親切、不誠意、無責任な処置で明かに自由公正なるべき選挙の精神に反する。

然して、右の如き方法以外本件選挙に際し、とるべきものがなかつたのではない。すなわち、引換券を交付して投票用紙を交付する方法に依るには三選挙につき別々に引換券を作成するか或は各々切取線を付して連絡作成すればよいのである。之を印刷することも経費及び手数の点において些々たることに属する。又、之に拘泥すべき性質の事柄ではない。敢て、まぎらわしく、且つ実行不可能の如くにして選挙人を混迷錯誤の投票をなさしめる方法に拠らなければならない理由は存しない。

(5) この混迷のため都議会議員の選挙に当り投票用紙に都知事候補者を記載するの過ちをなした選挙人が相当あるものと断言し得る。

第三 、以上第一、第二の事実は明かに選挙の自由公正の精神に違反するもので、これ等はいずれも選挙の結果に異動を及ぼす虞が十分にしてその無効なることは確然たるものである。

原告等は以上の事実につき本件選挙につき昭和三四年五月六日被告東京都選挙管理委員会に対し異議の申立をしたが、被告委員会は同年八月三一日該異議申立を棄却する旨決定し該決定書を同年九月一日原告等に交付した。

第四、原告等は右被告委員会の前記決定に対しては不服であるから茲に本訴を提起する。

以上

(別紙)

請求の原因に対する答弁

一、請求原因第一項は之を認める。

二、請求原因第二項第一の主張事実のうち、昭和三十四年四月五日杉並区公民館において本件選挙についての説明会が開催されたこと、本件選挙の立候補者届出受付開始日である昭和三十四年四月八日午前八時三十分までに指定場所に待機中の選挙長事務従事者に対し連絡のあつた候補者十三名により届出受付順位の抽せんが行われたこと、右時刻以後連絡のあつた三上候補者の使者に届出受付順位第十四番、同大門候補者の使者に同第十五番の札を手交し、右両候補者がその順序により届出手続をしたこと、右同日右両候補者関係人から届出受付順位に関し抗議のあつたこと及び豊田、大門、三上の三候補者の得票がその主張の票数あつたことの各事実を認めその余の主張事実は全部否認する。

三、請求原因第二項第二の主張事実は都議会議員選挙につき入場整理の関係上原告主張の如き入場券を発行したことのみを認めその余はすべて争う。

四、請求原因第三、四項の主張事実中原告がその主張の日に被告に対し異議の申立をしたこと及び被告がその主張の日に右申立を棄却する旨の決定をなし、その決定書をその主張の日に原告に交付したことを認めその余の主張事実は否認。

(別紙)

被告の主張

一、議員候補届の受付方法が著しく不公正な方法で行われた旨の主張について

本件選挙における選挙長はその選挙の公正を期するため、本選挙の届出開始日の午前八時三十分までに指定場所に到着した候補者については抽せんにより候補者の届出受付順位を定めることを決定し、本年四月五日杉並区公民館で開催された説明会において「届出開始日の午前八時三十分までに杉並区役所中庭に通ずる通路側にある同区役所一階庁舎入口に表示される都議会議員立候者受付入口に到着して、同所に待機している選挙長事務従事者(同旨の腕章着用)の指示に従つた候補者については、抽せんによりその届出受付順位を定め右時刻経過後同係員に連絡のあつた候補者についてはその連絡の順序に従い受付をなす」旨指示し、当日その指示通りの受付態勢を整え且つ実行したところ、正八時三十分迄に選挙長事務従事者に連絡のあつた候補は十三名であつたので右十三候補者により抽せんをなした次第であるが、三上並びに大門候補者については、右指定時刻まで何等連絡もなく、指定時刻到来と同時に吹鳴したベルの吹鳴終了後暫くして、入口に待機していた選挙長事務従事者に対し、到着した旨の意思表示があつたもので、右二候補者は原告主張の如く指定時刻前に到着していたものではないから、選挙長の当該選挙の執行に関しては何等のかしもなかつたものである。尚原告は候補者関係人の抗議に対し選挙長は右受付方法のかしを認めた旨主張しているけれども、かかる事実はなく選挙長は出来得る限り万全の措置はとつたがなお徹底を欠いたという事実があつたとすれば、これについては、謝意を表する旨関係者に伝えたことがあるに過ぎない。

二、本選挙は東京都議会議員の投票と同都知事の投票とが著しくまぎらしく為される状況において行われた旨の主張について

原告の主張は要するに都議会議員と同都知事の選挙入場券が共通の一用紙でなされ、その用紙には投票用紙引換券なる旨表示されているにも拘らず、実際には都議会議員の投票に際しては該議員の投票用紙のみ交付して右入場券との引換をなさず、右都議会議員投票後引続き行われる同都知事投票に際し右入場券と引換に同都知事の投票用紙の交付が行われたことを論難しているものであるが、元来入場券なるものは、これを事前に配付することによつて選挙人に選挙の日時場所を周知せしめ、併せて投票当日投票所において選挙人を確認する一手段とすることを目的として作成されるに過ぎないものであるから、仮りに右入場券の記載方法にいささか妥当を欠く点があつたとしても、その入場券自体から前記目的に添う解釈が可能である以上、入場券としては充分その使命を達成し得たものであり、まして投票用紙交付に際しては、交付担当者をして一々選挙人に対し本件選挙の投票用紙である旨を告知せしめて該投票用紙であることが明記されている投票用紙を選挙人に交付せしめているのであるから、都議会議員投票に際し、入場券記載の通り、入場券と投票用紙との引換がなされずして、投票用紙が交付されても、選挙人として何等該選挙につき混迷錯誤を来たさしめることはない筈のものである。

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